ここ10数年のインターネット普及により、私たちはあらゆる情報にアクセスできるようになりました。
健康情報も質の良し悪しはあれども、簡単に、しかも無料で手に入れることのできる時代です。
しかしながら便利になったと喜んでばかりもいられません。
情報量の多さに混乱する人が増えています。
大丈夫だと思っていても、気づかぬうちに何か大切なものを捨てているかもしれません。
情報はこんなに増えている
新聞から得られるたった1日分の情報は、江戸時代の人々が一生かかって入手する情報よりも大量です。
昔であれば知る由もないような、遠い地域の天気、地球の裏側での出来事まで、現在の私たちは簡単に知ることができます。
そう考えてみれば、情報量はきっと1万倍以上に増えたでしょう。
さらに、ここ10年くらいでスマートフォンやSNSが急速に発達してきています。
パソコンの電源を入れなくても、手のひらで簡単に情報にアクセスできるようになりました。
いまは書斎がなくても、机に向かわなくても、いつでもどこでも情報に触れることが可能です。
スマートフォンがもたらした変化よって、私たちが接する情報量はさらに数百倍に増加しているという人もいます。
なかでもスマートフォンとともに発展したSNSアプリが強力です。
他人の生活や外食の内容、人々の考え方まで覗き見ることができますし、こちらが検索しなくてもスマートフォンのほうから通知してくることだってあります。
家のソファでゴロゴロしながら、エジプトのピラミッドから一番近くのファーストフード店を調べるなんて簡単なことです。
その店のメーニューも料金もわかりますし、翻訳アプリがあれば、現地の人の評判さえ調べられるでしょう。
昭和のころには、とても想像できなかったような時代を、私たちは生きています。
情報の多さに奪われたもの
わずか200年ほどの間に、私たちが触れる情報量は数百万倍に増加しているようです。
恐ろしいほど便利になった反面、多すぎる情報が私たちから大切なものを奪いつつあるように思います。
100年や200年で私たちの脳は変わりませんし、脳の大きさも、構造も、その仕組みも変わっていません。
そして1日が24時間であることも変わっていませんから、つまり私たちは何か別の時間を割り振っているということです。
別の時間というのは、じっくり考える時間です。
情報のインプットに取られる時間は、私たちの思考時間を削ることで捻り出しています。
物事を深く考える時間、自分で問題を解こうとする時間、そして何度か失敗を重ねて成功を掴み取るという過程などなど。
こうした時間はけして無駄な時間ではなく、むしろ人を成長させるために、人生を味わい深いものにするために大切な時間です。
もちろん私たちの飼い主力を高めていくときにも大切だと言えますし、遠回りや失敗すらも意味のあることだと考えています。
こうしたことに気づくことができたら、次にご愛犬やご愛猫はどうなんだろう?と考えてみましょう。
考え出すとだんだん楽しくなってくるはずです。
動物たちはどれだけ時代が進んでも、情報に左右されず、今このときに重点を置いています。
この先、もっと便利な時代がやってきて、ますます人々は考える時間を削るでしょう。
考える習慣がなくなれば、当たり前ですが思考力は低下し、情報を鵜呑みにしやすくなります。
そんななかでも、彼らペットたちは江戸時代から何も変わりません。
きっと江戸時代と変わらず、情報よりも体験や経験を大切に生きるはずです。
地球が丸いこともビジネスマナーも知らない彼らですから、すべてを見習ってはいけませんよ。
でも、ときどき師匠になってもらうのは大いにありです。
電話回線を介さない、生身の師匠です。
そう考えてみれば、ペットを飼っている私たちは、すごく人生で得をしていますよね。
なんといっても家に人生の師匠がいるのですから。
ワンコ先生、ニャンコ先生に感謝です!